流れるものについて。
流れるもの。水、空気、音楽、約束、時、お金などなど。
これらは、常に流れているものである。
その流れが止まる時には、存在性を失うことになる。
流れているものは、流れているからこそ価値がある。
止まっているように見えるものも、魅力的なものは、
われわれが普段には感知できないような大きな流れや
わずかな流れの中にあるのかもしれない。
流れ続けているから、安定している。
自転車はそう、スケートもそう、棒立ても同じである。
止まらず動き続ける中で、安定が得られるようになる。
経済の淀みが、ずっと続いている。
中央銀行が異次元緩和でお金を刷り続けなければならないのは、
お金が流れず淀んでいるからである。流れを作るために、
新しいお金が供給され、濡れ手に粟なお金を使って、
世の中の困り事を解決し、これまでに無かったアイデアを
実現させていけば、それが自ずとお金の流れを生み出す。
これまでに無かった流れを作りだすことで、これらの
ものが活力を取り戻すことになる。
近い将来に、中央銀行からのお金の流れが止まることを
恐れる心理で、人はお金を流さずに淀ませることを選ぶ。
カプチーノの泡だって、熱さと冷たさの間で形を保っている。
止まって見える模様は、熱の流れが支えている。
流れを生み出すこと。流れを生み出す自身もまた、
流れの中にあるからこそ、その力を得られる。
尻の座りのワルさは、常にわれわれを流れの中へと突き動かす。